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最高裁判所第二小法廷 昭和36年(あ)1162号 判決 1966年12月09日

主文

原判決中被告人等に関する部分を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

弁護人古川毅の上告趣意及び被告人等の各上告趣意は、重複するところもあるが、要するに次の五つの主張に帰するのである。

一、被告人等の捜査官に対する自白調書(以下単に自白調書という)は、捜査官の強制、拷問、利益誘導によってなされた任意性なき自白を録取したものであって、かかる証拠能力なき自白調書を採証して事実を認定した原判決は、刑訴法三一九条に違反し、ひいては憲法三八条に違反する。

二、第一審裁判長が、自白調書の任意性に関する証人尋問に際し、被告人等の反対尋問を不当に制限したのは、刑訴法二九五条を乱用したものであり、ひいては憲法三七条二項に違反する。

三、本件において、汽車往来危険の訴因につき、なんら訴因罰条の変更手続を採らないで暴力行為等処罰ニ関スル法律違反の事実を認定したのは、被告人等の防御権の行使の機会を失わしめたものであって、憲法三一条、三二条に違反する。

四、本件ラムネ弾につき、爆発物取締罰則にいわゆる爆発物に該当するとした原判断は、憲法三六条に違反する。

五、被告人中島、同村田につき、緊急逮捕の要件が具備しないのに、緊急逮捕したことは、刑訴法二一〇条の乱用であり、憲法三三条に違反する。

弁護人及び被告人等が第一審以来強調するのは右一の主張であって、この点は、当審においても審判の核心をなすべきものである。よって記録を検討するに、本件第一審においては、汽車往来危険罪における危険性の有無、本件ラムネ弾が爆発物に該当するか否かについての鑑定等に証拠調が集中し、自白調書の任意性に関する立証としては、取調立会の検察事務官であった妻木竜雄、同坂根武義、同小林清隆、同川口武四並びに取調警察官であった広田正男、同平岡繁三、同井村正雄、同福安寿雄、同西条宗次郎、同前末三男、同花谷清次、同古池泰博、同川上秋次、同末吉勝義、同道吉一一を証人として尋問しているにすぎないことが明らかである。右証人等はすべて被告人等に対する所論の強制、拷問、利益誘導を全く否定する旨の証言をしているが、これに対する被告人側の反対尋問は極めて不活発であって、なんら核心に触れる追及はなされておらず、右証人等は、反対尋問に対しても、強制、拷問、利益誘導の事実を否定しているのである。もっとも、証人古池泰博に対する第一審相被告人野上の反対尋問に対し、また、証人道吉一一に対する被告人村田の反対尋問に対し、これを制限した第一審裁判長の訴訟指揮には適切でなかったところもないではないが、しかし他の証人等に対する反対尋問に際しては、かかる制限の措置はなんらなされなかったのであって、被告人側の防御権の行使は全体として不充分であったと認めざるを得ない。この点については、被告人等に対する本人質問も行なわれていないから、本件記録に関するかぎり、捜査段階における所論の強制、拷問、利益誘導は、これを疑うべき証跡は認められないのであって、この点に関する原判断には、所論の違法は存しないといわなければならない。

しかしながら、本件は、第一審において相被告人野上が病気のため分離されているのであるが、相被告人野上の分離後の公判において、本件の被告人等は自白調書の任意性に関する証人として出廷し、捜査官の取調の状況について詳細な証言をしている模様である。その公判手続の全体はもとより当裁判所の知るところではないが、弁護人側は、当審において、第一審相被告人野上の公判における被告人等の証言を記載した証言速記録謄本を含む書面の取調を求めた。右書面は、当裁判所において公判にこれを顕出したのみであり、事実審におけるがごとき証拠調の方法は採っていないが、被告人等の捜査官に対する自白調書の任意性に関する原判断の当否を判断する資料に供することは許されるものと解すべきところ(昭和二九年(あ)第一六七一号同三四年八月一〇日大法廷判決、刑集一三巻九号(上)一四一九頁参照)、右証言速記録謄本によれば、被告人木沢、同斎藤、同中島、同奥野(現姓上殿)、第一審相被告人野上は、いずれも警察署における取調に際しては、手錠をかけられ、正座をさせられ、その他各般の不当な処遇を受けたというのである。もっとも、同じく当審において弁護人側から申請があり、公判にこれを顕出した第一審相被告人野上の公判における証人広田正男、同青木浅男、同古池泰博の証言速記録謄本によれば、取調警察官であった右証人等は、いずれも手錠をかけて取り調べた事実その他被告人等の主張する不当な処遇を否定しているのであるが、正座の点は必ずしもこれを否定せず、ただこれを強制したことはないと証言していることが窺われるのである。勾留されている被疑者が、捜査官から取り調べられる際に、手錠を施されたままであるときは、特段の事情のないかぎり、その供述の任意性につき一応の疑いをさしはさむべきであるとすることは、当裁判所の判例(昭和二五年(れ)第六二二号同二六年八月一日大法廷判決、刑集五巻九号一六八四頁、昭和三七年(あ)第二二〇六号同三八年九月一三日第二小法廷判決、刑集一七巻八号一七〇三頁参照)とするところである。従って、本件において、被告人等の取調に際し、捜査官が手錠を施したままであったか否か、並びにこれを施用したままであったとしても、その供述の任意性を肯定すべき特段の事情が存したか否かの点その他被告人等の自白調書の任意性の有無については、なお審理を尽くすべき必要があると認められる。(本件被告人等の前記速記録謄本においては、警察官の取調の際における手錠の施用の点等について証言し、警察官の取調の際の状況については直接には触れていないが、検察官の取調についても、検察官の取調の際における影響が遮断されていることが認められないかぎり同様の問題がある。昭和二四年(れ)第二七八〇号同二七年三月七日第二小法廷判決、刑集六巻三号三八七頁参照)

然りとすれば、原判決は結果的に審理不尽の違法をきたし、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであり、これを破棄しなければ著しく正義に反するといわざるを得ない。よって、他の論旨についての判断を省略し、刑訴法四一一条一号、四一三条本文により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 色川幸太郎)

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